2013年11月26日

そうだ❦京都に行こう!NO3歴史の勉強

前回は、六角堂〜京都高島屋〜祇園でフレンチ{アベス}〜建仁寺まで。

続きです。

八坂神社から円山公園〜知恩院までにあった神社!

DSC_0769.jpg


以前はなかったと思う?
身も心も美しくなれるという、「美容水」
勿論たっぷりお肌につけて・・・(I先生)
勿論私もぴかぴか(新しい)

DSC_0766.jpg

DSC_0768.jpg


そして、「玉の輿神社」と言われる「今宮神社」に到着。
お参りは後回しにして「あぶり餅」をいただくことに!わーい(嬉しい顔)
日本最古の和菓子〜あぶり餅
女将さんが受け継ぐ 一子相伝の秘伝のたれ!
メニューは、あぶり餅のみ
今年で創業 1013年 
千利休も、茶菓として使ったとか。
DSC_0778.jpg

<二四代目の女将さん>

DSC_0783.jpg

<お幸せに〜〜>

DSC_0785.jpg


<今宮神社の紅葉>
DSC_0788.jpg

〜江戸時代のシンデレラ〜
{玉の輿物語}

今から400年ほど前のこと。
京都の八百屋仁左衛門の次女として女の子が誕生します。
その名を「お玉」(1627年)と言います。
父は、二条関白の本庄家に野菜を届けていました。
 しかし、父が急死してしまします。
支えを失い母は、お玉を連れて本庄家に奉公に行くのです。
やがてお母さんは、(たぶんかなりに美人だったのかも?)
本庄宗正の後妻に迎えられます。
つまり、お玉ちゃんの義理の父が、家紋を持つ本庄宗正ということです。
シンデレラストーリーの幕開けです。
大きくなったお玉ちゃんは、本庄家の紹介で就職がきまり
公家出身の尼僧の侍女となります。
お玉ちゃん13歳の時、つかえていた尼僧が
高貴な寺院の責任者になった挨拶をしに江戸へ行くことになりました。
勿論、お玉ちゃんんもお供でついていきます。
尼僧は徳川三代将軍家光に謁見しますが、家光は尼僧に一目ぼれ❦
この尼僧は、家光の側室として大奥に入りことになりました。
※尼僧なので、スッピンで頭は剃髪していると思うけど・・・
 よほどお綺麗だったのでしょうね。
この尼僧は、名前を改め「お万の方さま」となります。
お万の方さまの侍女としてお玉ちゃんも大奥で暮らすようになりました。
 18歳になったお玉ちゃんは、家光にみそめられて、
側室の一人に加えられ「お玉の方さま」と呼ばれるようになりました。
やがて、懐妊し20歳で男の子を出産します。
当時家光には2人の男の子がいました。
※跡目順位〜長男「家綱」次男「綱重」三男はお玉の方さまの子供
 したがってお玉ちゃんの子供は、将軍になる望みはとても薄かった。
1661年(慶安4年)お玉ちゃん26歳のとき、家光が死去。
4代将軍には11歳の嫡男「家綱」が就任しました。

お玉ちゃんは当時の慣習に習い、出家して「桂昌院」となり
子供とともに江戸藩邸に住まいしました。
1680年桂昌院54歳の時、「綱吉」が突然の病死。
しかし綱吉には子供がなく、世継ぎ候補の次男はすでに他界していました。
そこで、将軍候補は桂昌院となったお玉ちゃんの子供のみ。
「徳川綱吉」です。
1680年8月。桂昌院(お玉ちゃん)は、綱吉とともに大奥へ。
桂昌院は、三の丸様と呼ばれ、大奥での力は絶大となっていきます。
※76歳の時「従1位」という最高の位階になりました。
お玉ちゃんは、1706年6付22日、79歳で亡くなります。
この大出世ストーリーが「玉の輿」の語源だと言われています。
(八百屋のお山ちゃんが「輿」に乗った。玉ちゃんが「こし」にのった〜
 「玉の輿」)
正美ちゃんが「こし」に乗ったら「正の輿」となっていたことでしょう。
ちなみに、お玉ちゃんの血液型は、À型。身長は、146.8センチ。

実はあの「桂昌院」さまが、お玉ちゃんだったのです。

一休さん=619年前(1394年〜)・千利休=491年前(1522年〜)
お玉ちゃん=386年前(1627年〜)
三人ともあぶり餅を食べていたのかもしれませんね。
京都に行く機会があれば、日本最古のスイーツ「あぶり餅」を食べてみるのもいいかも?


<金毛閣>

DSC_0789.jpg

利休が切腹に追い込まれる一因となった「金毛閣」
大徳寺は、1319年創建当時は小さな庵だったのですが、
応仁の乱で炎上。
そんな時、あの一休さんが堺の豪商たちの支援を受けて大徳寺を再興しました。
有名な山門は、一休さんにより一階部分が,のちに千利休により二階部分が設けられ
「金毛閣」と名づけられました。
利休は、二階部分に仏殿を設けたときに数体の仏像のほかに「雪駄ばき」の姿をした
利休像を安置しました。
茶好きの豊臣秀吉は、大徳寺で茶会があるときには、この門をくぐることになります。
しかし、その上には雪駄ばきの利休がいることになり、秀吉は
「天下人にここを通らせるつもりか」と難癖をつけ、やがて利休は切腹に追い込まれます。
そのいわく因縁のある「金毛閣」です。







posted by まぁみちゃん at 21:54| Comment(0) | 美味しいお店

2013年11月19日

そうだ!京都に行こう


<京の旅> 11月17日(日)日帰りバスツアー
10時:池坊六角堂に(家元)到着。
(私は、前日から京都にいたのでお出迎え)揺れるハート
    へそ石・聖徳太子が沐浴したという池跡・
    地すり柳と言われる六角柳
DSC_0702.jpg

・北向きのお地蔵さんをみて本部ビルに・・

DSC_0666.jpg

    道場席等を見学。

<柴田先生の作品>

DSC_0733.jpg

 ※六角堂を出発前に、エレベーターの順番待ちをされておられた
  「柴田先生」に遭遇!!
   柴田先生は、本でした見たことがないお弟子さんたちが
  本物!の先生にお会いできて感激していました。ハートたち(複数ハート)
    バスは四条通りが通行禁止のためタクシーで「京都高島屋」へ
<宗匠の作品>
DSC_0703.jpg

〜祇園の町家でフレンチ〜
「一力」〜「由良之助」〜「十二段屋」等を見ながら
 木造三階建ての町家(アベス)に到着
 京野菜を中心にした素敵なフレンチを堪能!レストラン

DSC_0735.jpg

DSC_0736.jpg

DSC_0737.jpg

DSC_0739.jpg

DSC_0740.jpg

DSC_0742.jpg

デザートは同じではないので交換していただきました。
どれもグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

ここで「舞妓コース」「観光コース」の二班に!

私は観光コースのガイドに変身。

「建仁寺」
女性用お手洗いの屋根の瓦もすごい!!

DSC_0747.jpg

DSC_0746.jpg

 大きな硯〜なぜかカエルも彫られていた。

DSC_0748.jpg

建仁寺といえば・・・

DSC_0756.jpg

DSC_0743.jpg

立派な屏風や襖絵。
ここに通されて、一番寝ることになったら、ちょっと怖いかも・・
あまりにリアルすぎて夜中に、出てきそうな気がする・・・


DSC_0754.jpg


<輿の重さだけでも・・・担いだ方は大変だったと思う>

DSC_0744.jpg

DSC_0745.jpg


<楽しい旅はまだまだ続きます。続きは次回に>






  
posted by まぁみちゃん at 17:30| Comment(0) | 美味しいお店

2013年11月01日

そうだ!京都に行こう クイズ

まだまだ、Windows8になれなくて・・毎日格闘の日々!
目と首と精神的にもくたくたもうやだ〜(悲しい顔)
お世話になっている整体のお店「美宝堂」さんに行くこと、
Windows8にしてから2回。
「美宝堂」の竹内先生のおかげで元気になって、また格闘!
一度うまくいったスマホからパソコンに写真を送る作業もまた振り出し!


11月17日に「そうだ!京都に行こう!」ということになり
京都日帰りバスツアーを前田社中で出すことに決定。
池坊本部(六角堂)と京都高島屋で開催される
「旧七夕会全国華道展」拝見、祇園の町家でフレンチと
観光コース〜建仁寺・八坂神社・円山公園・知恩院
     ・今宮神社・大徳寺・あぶり餅
舞妓コース〜舞妓さんに変身コースの二コース。

残念ながら、私は京都に行っているので池坊本部でお出迎えと
お見送り。(翌日は、会議があるので一緒に帰れません。)
当日は、舞妓ではなく、観光コースのガイドに変身します。
 
<〇✕クイズ>正解は最後にあります。

@仮名手本忠臣蔵でも知られる祇園で由緒ある「一力茶屋」
 (大石内蔵助が通ったとされる)当時は「一力」ではなかった。
    〇Or✕

A舞妓さんの髪は、かつらである。  
    〇Or✕

B舞妓さんの半襟は白い色から年季を重ねるにつれて赤くなる
    〇Or✕

C舞妓さんのだらりの帯の下には、舞妓さんの名前は織り込まれている。
    〇Or✕

D舞妓さんの帯の下には「鈴」が入れられてある。
    〇Or✕

E口紅を半分だけぬる舞妓さんがいる。
    〇Or✕

F舞妓さんが身に着けているものの中で一番高価なものは「帯」である。
    〇Or✕

@の答え 〇
 大石内蔵助や近藤勇・大久保利通・西郷隆盛も通ったとされる
「一力」は、もとは「万屋」という名前でした。
「万屋」の屋号を「一力」に変えたのは、仮名手本忠臣蔵で、
 幕府への遠慮から「万」の字を「一」と「力」にわけて
 使った名前「一力」でした。そうしたところ芝居が大当たり!
 芝居に使われた「一力」に変えてしまったそうです。

Aの答え ✕
 舞妓さんは二〇歳くらいまで。二〇歳過ぎたら芸子さん。
 芸子さんは「かつら」です。
 DSC_0237.jpg
 舞妓さんは、自分の髪で一週間に一度結いなおします。
(もちろん、シャンプーは一週間に一度)
 あの盆地の夏の暑さは大変だと思います。
 それに、髪が崩れないように「箱枕」で寝なければなりません。
 
Bの答え ✕
 舞妓さんの半襟の色は「赤」で、年季を積むごとに次第に
 白くなるように見える。見えるというのは羽二重の生地の
 赤い部分を白系の糸で刺繍して埋めていくから白く見えるのです。
 半襟一枚100万円!と言われるのもうなずけますね。
 半襟を埋め尽くすまで刺繍をするとなると
 いったいどれくらいの糸がいるのでしょうか?
 ちなみに、その重さは500mlのペットボトル
 3個分の重さになるとか!

Cの答え ✕
 帯の下には、置屋の家紋が織られています。
 幼い舞妓さん、暗い夜道で迷っても、置屋の家紋があれば
 教えてもらえるからだとか・・・
 七五三の着物のように、舞妓さんも着物は。肩上げがあります。
 まだ幼い証拠ですね。

Dの答え  ✕
 「鈴」ではなく「鉛」を入れています。
 冬の着物と帯や履物を合わせたら、
 20キロを超える重さになるので 
 舞妓さんになるのも体力がいりますね。

Eの答え  〇
 「半玉さん」と言って一年未満の舞妓さんは
 半人前なので下唇しか口紅を塗ることができません。

 DSC_0234.jpg
 この舞妓さんのカンザシは「ぶらぶら」長いカンザシ。若い証拠です。
 もちろん、半襟も赤いです。

Fの答え  ✕
 「ぽっちり」という帯どめが一番高価です。
 (ぽっちり(帯留)は家宝。銀の枠にサンゴやダイヤモンド・
 真珠などがあしらわれています。

 DSC_0269.jpg
 この舞妓さんは、19歳! 半襟が白く見えますよね。
 これ、刺繍です。半襟の部分だけをアップにして
 お見せしたかったのですが、勉強不足でできません。もうやだ〜(悲しい顔)
 カンザシも「ぶらぶら」していませんね。
 ぶらぶらしているカンザシをつけているのは若い舞妓さんです。
 ※写真では見えにくいですが、カンザシは月によって異なります。
 撮影は4月だったので「桜」と「五郎蝶」のカンザシです。
 
 ※舞妓さんたちに支払う料金のことを関東では「玉代」(ぎょくだい)
  京都では、「花代」と呼びます。
  また「線香代」とも呼びます。線香代というのは、
  時計のないころに「線香一本が燃え尽きるまでの時間✕本数」
  の料金設定だったからだとか。ようするに時給!
 ※年季により髪型も「割れしのぶ」から「おふく」にかわります。

ここで問題です。 もしもあなたが舞妓さんだったとします。 若いあなたは モスバーガーやマックが食べたくなりました。 ちなみに、髪は「割れしのぶ」を結っています。(毎日があの髪のままでの生活です。)さてどうしたら?・・・考えてみてくださいね。

 答え 例)タクシーの運転手さんに頼んで買ってきてもらい
      人気のないところでタクシーの中で食べる。
      舞妓さんが、ソフトクリーム等を食べている姿は
      見せられないので仕方ありません。
      この話は、タクシーの運転手さんからお聞きしました。
      偽物の舞妓さんも、買い食い禁止ですよ。

では、Windows8との格闘の結果は、次回に持ち越し。

posted by まぁみちゃん at 22:19| Comment(0) | 日記