2015年09月23日

<ご先祖様>NO23

<ご先祖様> NO23

母はよく

家を建てたときのことを話していた。耳耳

勿論以前にあった家のこと。家

昔は、ローンなんてなかったもうやだ〜(悲しい顔)

三男の父には、土地も家もない。もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

お金もないもうやだ〜(悲しい顔)

外国航路の船乗りで操舵士をしていた父は船

丘に上がった時(船乗りをやめたとき)

かなりの退職金が出たという。グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

神戸の三宮に土地を買うつもりでいたらしいがわーい(嬉しい顔)

「やめた!」失恋がく〜(落胆した顔)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)

買っていれば良かったのにexclamation×2

買っていたら、ひらめき

お金持ちのブティックぴかぴか(新しい)お嬢さんとして育っていたかもしれなかったのにわーい(嬉しい顔)

カラオケ話が脱線わーい(嬉しい顔)

実家に相談をしたハートたち(複数ハート)

製材をしたものをトラックで持ってきた。ダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

一緒に大工さんもやって来た。わーい(嬉しい顔)

障子や襖も、作ってきていたという。手(チョキ)手(チョキ)

母の父が

持ち山の木(ヒノキ)と

乾燥した木材とを交換したと聞いている。耳耳

母の実家の隣の方に、山縣製材所があった。

山縣一党と呼ばれる 親戚グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

今は 何とか建設と名前が変わっている。

家のお金を払った記憶がないexclamation&questionexclamation&question

と母が言っていた。わーい(嬉しい顔)


当時、児島では 松が多く使われていた。

ヒノキの家は珍しく

数年ヒノキのにおいがたちこめていたらしい。ぴかぴか(新しい)

そういえばトイレトイレの柱まで ヒノキだったが

節がたくさんあった。わーい(嬉しい顔)

「節もんご」だと笑っていた。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

嫁ぎ先に 井戸がなく お風呂の水などは 

共同井戸に汲みに行かなければならず足足もうやだ〜(悲しい顔)

苦労した。ふらふら

家家を建てたとき

井戸は真っ先に掘ってもらったそうだ。手(チョキ)

草刈りもしたことがなくもうやだ〜(悲しい顔)

見よう見まねで草を刈っていると目目

「この嫁さんは、草を刈ったことがないんじゃなぁ」

と 通りがかりのお爺さんに言われたそうだ。耳耳

坂になっているところだったらしく右斜め下

「反対に刈っとる」

と言われても・・・・もうやだ〜(悲しい顔)

どうしたらいいのか・・・・exclamation&questionexclamation&question

困ったらしい。exclamation


おはぎを作ったから レストラン

倉敷の帽子屋に持って行くように言われた。

倉敷の帽子屋とは

父の姉の嫁ぎ先。ムード

倉敷の商店街にあった。

自転車で、地道をひたすら走った。ダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

帰りには、 大きなバナナの房をお土産にくれた。るんるん

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持って帰るとダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

小姑が、自分の家族の分を最初に持ち帰った。ちっ(怒った顔)

大勢の家族だったのか?

母の分はなかった。もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

それからも 何回もバナナを貰って帰ったけれど

食べられなかった。もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

「途中で、1〜2本位食べてもわからないのに」

と言ったら

「そんなこと思いもせんかった。」わーい(嬉しい顔)

戦時中、食べるものが不足していたときもバッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)もうやだ〜(悲しい顔)

少ない米を炊いたら 

小姑が、毎日来て持って帰る。パンチパンチ

思い余って

実家に行き、 子供(私の亡くなった兄)を背中におんぶし

背中と子供の間に、米を隠して持ち帰ったという。手(チョキ)

帰りの汽車で、調べられた。がく〜(落胆した顔)

子供が泣きだしたのでもうやだ〜(悲しい顔)手(チョキ)

何とか免れた。(没収されなくて済んだ)そうだ。exclamation×2

色々と 苦労があったらしい。失恋

母の実家は広大な土地に山もある。ぴかぴか(新しい)

松茸のシーズンなると沢山くれた。グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印) 

トラックが松茸を持ってきてくれる手(チョキ)

割木の卸に児島へも来ていたトラック。

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七輪で焼いて どんぶりに山盛になったら

食べていた。レストランレストラン

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松茸だけでお腹いっぱいになった。るんるんるんるん

今思うと、夢のようなお話ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

前田は貧乏だったと

今でも言う。わーい(嬉しい顔)

なぜ?結婚したのかと聞いたら耳耳

結婚の聞き合わせに、父親が来たときダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

ご先祖様であるぴかぴか(新しい)「児島高徳」ぴかぴか(新しい)のお墓があり

そのうえ、とんでもなく古いお墓がそこらじゅうにあった。目目

古いお墓があるということは

長年この土地に住み着くことができているということ。わーい(嬉しい顔)

悪いことをしていたら、出ていかなければならない。足足

立派なご先祖様だexclamation×2

「児島高徳」のお墓を見て目目

OK!

を出したのだと言った。わーい(嬉しい顔)

父と母とが喧嘩しているのを見たことがない。ムード

貧乏乍らとっても仲がいい夫婦だった。ムード

父が亡くなって9年

父と同じ大正9年生まれの母は、95才。

洗濯物を干したり、取り込んだり

たたんでもくれるし

食器も洗ってくれる。ハートたち(複数ハート)ハートたち(複数ハート)

今の私が存在するのも

ご先祖様のおかげぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

posted by まぁみちゃん at 08:17| Comment(0) | 独り言