2016年03月11日

<津波の爪痕>

今日

3月11日は 東北沿岸を 地震とともに 

巨大な津波が襲った日

テレビを見ていて本当にこんなことが・・・・と

絶句した

仙台の先生のことが気になった

何度か、児島にも来てくれていた。

電話したけど

通じるはずもない

一ヵ月半位してやっと連絡がついた

「生きてるよ」

が最初の言葉だった

涙で 会話が途切れた

「家は建ってるけど 窓がない」

「寒いし食べるものもない」

「ガスも電気も何もかも・・・・・」

「なぁんにも なくなってしまったわ」

「大丈夫 生きているからね」

こんな言葉が すすり泣きともに聞こえたのを

思いだした。

避難所へは行かず自宅にいるという

津波が押し寄せてきたときのことを話してくれた

何か送らなければ

何がいいのだろう

手あたり次第買い物をした

ペットボトルの水・レトルトのカレーやご飯・

おかゆ・おでん・缶詰・・・

温めればすぐに食べられるものだ

そうだ! ガスもない

いけない事と知りつつも

卓上のガスコンロとカセットボンベもいれた

灯りがないので懐中電灯やロウソクもいる

スーパーやホームセンターには

小指ほどのローソクしか残っていなかった

仏具店へ行ってみた

大きなロウソクや一日もつという

丸いきれいなロウソクを大箱買いした

マッチは、仏具屋さんが只でくれた

洋服や下着など寒さをしのげるもの

トイレットペーパーやタオル類

そうだ お菓子もいる

片付けで疲れているだろうから

甘いものも必要だ

日持ちするお菓子を大量買いした

ご近所の方にもおすそ分けしてあげるだろうから

洋服もいる

私の洋服なら着られるのでは?と思った

年上だけど 体型はよく似ている

箱が何箱になったのか覚えていない

くる日も来る日も 荷物を送った

「いつ届くかわかりませんよ」

「またですか。届くかどうかもわかりませんよ。」

と言われ続けたけれど・・・

その時母は、

交通事故で右半身が不自由になっていた。

タオルを全部引っ張り出して

「雑巾がようけいるじゃろう

雑巾はなんぼあってもええからな

水もないんじゃ洗えんがな」

といって ミシンの前に座った

事故の後遺症で歩くのも 

箸を持つのも大変だった時だ

「ミシンの目がまっすぐにならん・・・」

と言いながら 

数えられないくらいの 雑巾を縫っていた。

「私にはこんなことしかしてあげられんからなあ

あんたはもっとしてあげねえな」

と言って 泣いていた母。

今日の夕方、お婆ちゃんにと

三陸のわかめが届いた。揺れるハート

posted by まぁみちゃん at 21:09| Comment(0) | 日記