2017年10月19日

日本いけばな芸術四国展 NO5

遅れ遅れで、日記にはならないけれどもうやだ〜(悲しい顔)わーい(嬉しい顔)

ぴかぴか(新しい)日本いけばな芸術四国展 NO5ぴかぴか(新しい)

  <高松市立玉藻公園>

日本いけばな芸術四国展の最終日(10月10日火曜日)のことかわいい

朝、手直しをしたら夕方の撤花まで することがないふらふら

暑い晴れなんという暑さ晴れ晴れ

(10日ほどで、この寒暖差グッド(上向き矢印)バッド(下向き矢印)はあり得ないと思う今日この頃。)

ひらめきそうだexclamation船があった。和船に乗って時間つぶしと暑さしのぎをすることにした。手(チョキ)

玉藻公園(高松城跡地)の和船「玉藻丸」にH先生と乗船

傘に法被スタイルになった。

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お魚の餌付き(海の魚の真鯛や黒鯛)

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この船についていけば餌にありつけると

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真や黒鯛が、わんさか寄ってきて和船と並走

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餌をあげたら、餌の争奪戦の凄まじいことがく〜(落胆した顔)がく〜(落胆した顔)わーい(嬉しい顔)

勿論、ガイド付きで30分の乗船でした。るんるんるんるん

特に石垣の話は面白かった。手(チョキ)

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たしかexclamation&question

「水戸黄門」のTVドラマで、

讃岐高松藩主の頼常(光圀の長男)が

水戸光圀公が高松城に来たとき

「御父上様」と呼んでいたように思う。わーい(嬉しい顔)

それで 飛雲閣の屋根瓦が三つ葉葵exclamation×2

納得した。わーい(嬉しい顔)

※1642年(寛永19年)松平頼重が

東讃岐12万石領主として入城。

松平頼重は、徳川家康の孫で、光圀の兄にあたる

松平氏の治世は11代228年にわたった。

現在の玉藻公園の面積は約2万4千坪で、当時と比較すると

8分の1ほどとか。

高松城は、彦根城と姉妹城縁組していますが

11代藩主の奥方が彦根藩主であった井伊直弼の次女

千代姫が輿入れしている縁からとか。

松平5代藩主頼恭は、平賀源内に薬草園を作らせた。

此の薬草園が栗林荘(栗林公園)

製糖技術を学ばせて白糖の製造にも着手し

讃岐三白一つの讃岐和三盆ができ、

9代目藩主は坂出の浜に日本最大級の塩田を開発。


少しでも、高松城のことを勉強してから行けば

もっと有意義だったのにと少し後悔。

日いけの会期中(8日日曜日)

手直しの後、前回のリベンジを果たそうと

同じチェーン店のうどん屋さんへ行った。

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朝食は、しっかり食べていたけれど

早く行かないと、なくなる「高野豆腐の天ぷら」

前回は11時10分に行ったのに

もうなかった。

今回は、10時過ぎ

無かった

お店の片に、「高野豆腐の天ぷらはないのでしょうか」

と聞いたら

「待ってもらえれば、揚げますよ」

とのこと

勿論待った。

おうどんは「小のかけうどん」200円

天かす・ネギ・昆布・スダチは無料のトッピング

したがってこれで200円。


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しばらくして、念願の高野豆腐の天ぷらがきた。

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かなり硬めの衣だった

食べてみたわーい(嬉しい顔)

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自宅で作れる手(チョキ)手(チョキ)


posted by まぁみちゃん at 21:12| Comment(0) | 日記